アカシック・クロノス 〜多元宇宙に刻まれし運命の剣〜 第一巻 第四章 Akashic Chronos: The Fated Blade Vol. 1, Ch. 4

第四章:交わる視線と微かな囁き

 シルヴェリア号が加速を続ける中、視界にドーナツ状の構造体が浮かび上がってきた。ラディウス・ステーション――周囲を何重にも円環型のリングが取り囲む“民間ゲート施設”だ。辺境コロニーからは距離があるものの、複数の貨物ルートが交わる中継点として知られ、人の出入りは多く、どこか少々雑然とした雰囲気を持つ。

「見えてきたな。あれがラディウス・ステーションか」  ガルガスがスクリーン越しに構造体を睨む。リュカは丸窓の外を見ながら、宇宙に浮かぶ巨大な輪の存在感に息を呑んだ。大気圏内の小さな町で育った彼にとって、これは初めて目にする“宇宙ステーション”だ。

「入港手続きを開始します。皆さん、念のため身分証の確認を」  ソフィアが座席に深く腰かけ、船内端末を操作する。ステーションの管制官と交信を始めると、複雑な認証コードを口頭でやり取りしていた。どうやらここはセキュリティが厳しいようにも見えるが、同時に賄賂や裏取引が横行する“抜け穴”も存在するらしい。

「本当に大丈夫かな……。あの傭兵集団、ここまで追ってきたりはしないよね」  リュカが不安げに言うと、ソフィアは微笑を浮かべながら首を振った。 「念のため通信をジャミングしながら来たから、そう簡単には追跡されないと思うわ。それに彼らがここへ乗り込むとしたら、公の場で大規模な衝突は避けられないでしょうし」 「そうは言っても、奴らが手段を選ばないようなら……」

 ガルガスが短く息をついて言葉を濁す。リュカの胸にも同じ懸念があった。彼らが町をあれだけ荒らしたのだから、この先も“力づく”で奪いに来る可能性は高い。クロノス・ブレードを巡る争いが、ただのスラム街レベルでは終わらないことを、既に痛感している。


 シルヴェリア号はステーション外周部のドッキングベイへゆっくり接近し、船体と湾岸設備ががっちりと連結された。船内の気圧が調整されてハッチが開くと、ひんやりとした人工空気が吹き込み、リュカたちを出迎える。

「ようこそ、ラディウス・ステーションへ」  そう挨拶してきたのは、グレーの制服を着た若い男性管制員。手際よくクルーたちの身分証と入港許可書を確認しているが、ちらりとリュカたちを見ては目をそらす。その手つきや挙動はどこか慣れない印象だった。

「すぐにステーション内へ入れるようです。……念のため、私の仲間がいる場所まで皆で移動しましょう」  ソフィアの提案に頷き、リュカとガルガスは小さな荷物をまとめる。クロノス・ブレードは鞘に入れて背負う形にしているが、その姿はやはり目立つ。通路を行き交う人々は好奇心からか、ひそひそと視線を向けてくる。  ステーション内は意外に活気がある。壁面にはいくつもの広告や案内ディスプレイが設置され、異なる種族の言語が飛び交う光景も珍しくない。ここはまさに寄せ集めの宇宙港であり、商売や密輸、観光まで入り乱れる混沌の場なのだ。

「ソフィアさんの仲間って、どんな人なんです?」  リュカが横歩きしながら尋ねる。ソフィアは少し言葉を選ぶように視線を前に向けたまま答えた。 「私が所属している“協会”の研究員。ここで多元宇宙やアカシックネットワークに関連する情報を収集しているの。私も含め、表向きはただの“考古学者”や“歴史研究家”として活動しているわ」 「へぇ……」

 その説明の最中、彼女のトーンが微妙に落ちるのをリュカは感じ取った。いわゆる秘密組織の一員というわけでもないが、単なる学術団体とも違う。何かしら大きな使命を背負っているのだろう。ガルガスも黙って歩を進めているが、耳だけはしっかりとソフィアの話に傾けているようだ。


 ステーション内を歩くうち、リュカはどこかで気になる視線を感じるようになった。背筋にわずかな寒気が走る感覚。振り返っても、人々が行き交うばかりで、それらしき相手は見えない。だが、確かに誰かに見張られている気がする。

「……誰か、ついてきてる気がする」  思い切って口にすると、ガルガスが小さく頷いた。 「気づいてたか。少し前から妙な気配があるな」 「ステーションに来るまでの間、追尾されたのかしら。それともここに潜んでいた別の組織か……」  ソフィアが声をひそめる。やはり敵は完全には甩き切れていないのか。

 とはいえ、この雑踏の中で下手に足止めされては目立つだけである。ソフィアは黙って歩調を早め、複雑に入り組んだ構内通路の奥へ進んだ。そこには小さなカフェや雑貨店が並び、観光客向けのエリアからやや外れた雰囲気が漂う。

「この先に私たちの研究員が隠れ家を構えているの。急ぎましょう」  ソフィアは周囲を警戒しながら進み、入口が目立たない扉を叩く。電子ロックが解除されると、中は薄暗い廊下に簡素なデスクやホワイトボードが並べられた小部屋だった。

「ここ……意外と殺風景だな」  ガルガスがつぶやくと、奥から人影が姿を現す。ローブのようなものを着た30代くらいの男性で、落ち着きのある瞳が印象的だった。

「待っていたよ、ソフィア。そちらがクロノス・ブレードを携えた少年か?」  男はリュカを一瞥し、柔らかな笑みを浮かべる。すぐにその目が剣へ移り、深く頷いた。 「私はレウィン。あなたが、リュカ・ヴァンガードくんだね。……噂には聞いている。君が“運命の剣”を手にするに至った経緯も」

 人を安心させるような響きの声だが、その言葉の背後にはどこか得体の知れない重みを感じる。リュカは背負っていた剣に手をやり、控えめに会釈した。

「運命、なんて言われてもまだ何もわかりません……。俺は、これに振り回されているだけで」 「戸惑うのも無理はない。しかし、君の夢にも“導く者”が現れているだろう? 確かにその剣には、多元宇宙を繋ぐ“鍵”としての力が宿っている。アカシックネットワークに干渉するための装置だと言えば、少しはイメージしやすいかもしれない」

 レウィンは部屋の奥に置かれた古い端末を操作すると、空中に立体映像を投影した。複数の惑星と無数の線が結ばれたマップがゆっくり回転している。その線はさらに枝分かれし、層を重ねるように折り重なっていった。

「これは多元宇宙の一部――ほんの一部を視覚化したものだ。私たちの協会は、これらの世界の変動とアカシックネットワークの“揺らぎ”を研究している。クロノス・ブレードは、その揺らぎを鎮める可能性を秘めているんだよ」

 リュカは言葉をなくす。ガルガスですら興味深そうに映像を見つめる。未知の広がりと、剣が担う役割の大きさに、改めて圧倒される思いだ。ソフィアはレウィンの横で補足するように話を継いだ。

「世界の数だけ運命の可能性があって、それぞれの世界で時空が微妙に歪めば、全体に影響が波及する。その歪みを正す手段がもしあるとすれば……」 「この剣、クロノス・ブレード。そういうことだな?」  ガルガスが低く呟く。レウィンは静かに頷いた。

「もっとも、すべてを把握できているわけではないし、そんなに単純でもない。クロノス・ブレードはあくまで“道しるべ”に過ぎないかもしれない。だが、君がそれを持って現れたという事実は、世界にとって大きな意味を持つはずだ」

 まだ腑に落ちないことだらけだが、リュカは覚悟を決めるように視線を引き締める。オルメアを襲った傭兵集団、あるいはその背後にいる勢力は、この剣を利用して何をしようとしているのか。そんな疑問が頭をかすめた時、部屋のドアが再びノックされた。

「……ソフィア、緊急連絡。ステーション内で、あの傭兵集団らしき不審者が複数目撃されたとの報告が入ったよ」  小型通信機を手にしたクルーが駆け込んでくる。息を切らし、顔には汗が浮かんでいる。

「やっぱり来たか……。そう簡単に逃げ切れる相手じゃないと思っていたが」  ガルガスが舌打ち混じりに言う。レウィンとソフィアは互いに目を合わせ、すぐに行動を促すように声を上げた。

「ここに留まっていたら、場所がバレるのも時間の問題ね。安全なルートでステーションから離れる方法を探さないと」 「だが、このステーションを出るにはゲートアクセスを利用するしかない。登録されていない船や人間が頻繁にゲートを使えば目立つが……」  レウィンは一瞬思案に耽ったあと、小さく頷く。

「裏ルートだ。違法改造されたゲートがステーションの下層区画にある。そこなら正式な手続きなしにワープジャンプができる可能性がある。ただし、あまりに危険だ……ゲートそのものが不安定で、別の世界に飛ばされたり、最悪ゲート内で肉体が崩壊したりするリスクがある」

「リスクは承知の上だ。奴らの追撃を振り切るなら、時間との勝負だろう」  ガルガスの言葉にレウィンは同意を示す。ソフィアも険しい表情のまま、「わかったわ」と応じた。

 手早く荷物をまとめ、レウィンやクルーが通路のモニターカメラの動きをチェックする。ラディウス・ステーションの数多くあるスラム的エリアの一つに、違法ゲートを管理するブローカーが潜んでいるらしい。あとはそこまでのルートをどう確保するかだ。


 しばらくして、一行は部屋を後にしようとドアを開けた。すると、むっとするような焦げ臭い空気が流れ込んでくる。遠くのほうで何かが爆発したような轟音が響く。
「まずいな……既に騒ぎが起こったか」
 ガルガスが身構え、ライフルを抱える。狭い通路の向こうでは複数の人影が警戒するようにこちらを窺う気配がある。整然とした公式の警備員とは異なる武装姿――どうやら敵の傭兵と同系統の装備に見える。

 レウィンがソフィアに向けて小さく合図を送る。ソフィアが結界を発動するのに合わせ、ガルガスが即座にライフルを構える。リュカはクロノス・ブレードを握り、胸の鼓動の高鳴りを抑え込もうとする。自分にできることはまだ多くはないが、少なくとも剣が力を貸してくれると信じたい。

「よし、突っ切るぞ!」  ガルガスの一声と同時に、結界がうっすらと前方を覆い、一瞬だけ敵の銃撃を受け止めた。その隙に一行は横の通路へ滑り込み、薄暗く入り組んだステーションの下層区画へと走り出す。

 通路を抜け、エレベーターが止まったままの空間を迂回し、階段を駆け下りていく。角を曲がるたびに点滅する蛍光灯と、むき出しの配線が視界に入る。ラディウス・ステーションの“裏側”に来たことを肌で感じた。

 リュカは後方を振り返った。傭兵たちが追ってきている気配があるが、通路の構造が複雑で足止めになっているようだ。が、それも時間の問題だろう。
「急いで。ブローカーはこの先の倉庫区画にいるはずよ」  ソフィアが情報端末を見ながら案内してくれる。そこは“旧時代”の積み荷を放置している倉庫らしく、法の目が届きにくい領域だという。

 しんとした闇の中を慎重に進むと、一際大きな扉の前にたどり着く。扉の表面には落書きのようなマークが描かれ、上から貼られた古びたプレートに「No Entry(立入禁止)」とある。

「ここだ。……ノックしてみる」  レウィンが扉を軽く叩く。中からすぐに返事はない。焦りを感じながら続けて叩こうとした時、小さな覗き窓がガラリと開いた。

「……なんだ、研究者の兄ちゃんか。急に来るなんて聞いてねえぞ」  しわがれた声とともに射し込む視線。レウィンは冷静に答える。 「緊急なんだ。違法ゲートを使わせてほしい。もちろん、代金は弾む」

 しばらくの沈黙のあと、扉がやや渋々と開かれた。中へ通されると、そこには古いコンテナやケーブルが無造作に散らばっている。暗がりの奥には奇妙な装置が鎮座していた。円形のゲートフレームで、ところどころ補修された痕があり、絶対に安全とは言い難い雰囲気を醸し出している。

「最速で起動しろ。それと、外の廊下に奴らが迫ってるかもしれない。何かしら防衛策はあるのか?」  ガルガスが急かすと、ブローカーの男は苛立たしげに鼻を鳴らす。 「金次第だ。それに、防衛策なんざ大したもんねえ。起動に時間がかかるから、それまでお前らで敵を食い止めるんだな」

 ずいぶんと身勝手な言い分だが、今は背に腹は代えられない。レウィンが慣れた手つきで端末を操作し、金額を提示する。その数字を見た男は目を見開き、大げさな仕草で装置のメインスイッチをオンにした。

 ゲートフレームが唸りを上げて振動し始める。歪んだ光がちらつき、中空に水面のような揺らぎが発生する。クロノス・ブレードが淡く反応するように光を帯び、リュカの心臓がまた高鳴った。まるで、この先にある運命を前にして武者震いをしているかのようだ。

「もう少しだ……この周波数帯で安定させなきゃ、大気が巻き込まれてヤバいことになる」  ブローカーが必死に装置をいじる。その間にも扉の外から銃声や叫び声が聞こえ、重々しい足音が近づいてくるのがわかる。

「敵が来たか……! ソフィア、結界を準備してくれ。レウィン、他に守りを固められる奴は?」 「私の仲間数名が廊下で迎撃する。君たちはゲートが完成したら迷わず飛び込んでくれ」  レウィンがそう告げると、リュカは思わず叫んだ。 「でも、レウィンさんたちは……?」

「我々は後から合流を試みる。今はクロノス・ブレードの安全が最優先なんだ」  レウィンのその言い方に、リュカは複雑な思いを抱えながらも頷くしかなかった。仲間とはいえ、この剣と自分に期待する重さが痛いほど伝わってくる。

「さぁ、装置が安定したぞ! 早く行け!」  ブローカーが声を張り上げた瞬間、廊下で大きな爆発音が鳴り響く。扉がわずかに歪み、攻撃の気配が肌を刺すように感じられる。

「リュカ、急げ!」  ガルガスがリュカの腕を引き、ソフィアとともにゲートへ駆け寄る。渦を巻くように不安定に揺れる光の壁を前に、リュカはほんの一瞬だけ迷う。だが、その背にクロノス・ブレードの暖かな鼓動が伝わってきた。

「行くしかない……!」  リュカは意を決して足を踏み込み、ソフィアとガルガスが続いた。まるで水面を破るような感覚と共に、目の前の景色が白光に呑み込まれていく。

 その瞬間、頭の奥で誰かの声が微かに囁いたような気がした。あの夢の中の少女なのか、それとも――。

──さあ、運命の扉が開かれる。覚悟はいい?

 判断する猶予もなく、意識は一気に遠のき、リュカは光の奔流に飲み込まれる。果たして無事に目的の場所へ飛べるのだろうか。外では続く爆発と銃撃が混ざり合い、レウィンと仲間たちが懸命に応戦している音が聞こえた。

 眩しさの果てに何があるのか、リュカにはまだわからない。だが、クロノス・ブレードと共に踏み出したこの一歩が、さらに広大な世界の扉を開くことだけは間違いない。

──ラディウス・ステーションに鳴り響く警報の喧騒を背後に、リュカたちの冒険は次の舞台へと移ろうとしていた。

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