第二章:訪れた嵐と守るべきもの
オルメアの町外れに響く爆音は、まるで辺境の静寂を引き裂く合図のようだった。傭兵たちは数名ずつグループを組み、サルベージヤードへ向けて一斉に侵攻してくる。辺りには立ち上る黒煙と、金属が衝突する甲高い音が混ざり合い、空気をざらつかせていた。
リュカはガルガスの背中に隠れるようにして、懸命に周囲を見回した。右腕が機械化されたガルガスが撃つレーザーライフルの轟音が、敵の足止めをしている。しかし、相手の数は多い。廃棄船の残骸を盾にしながらも、正面からの攻撃だけで凌ぎきれる状況ではなかった。
「こいつら、一体何者なんだ……どうしてこの町を襲うんだ?」
声を荒らげるリュカに、ガルガスは険しい表情を崩さず、小声で応じた。
「“何者”かもわからねえが、いくつか可能性はある。連中は明らかにこの剣を狙ってきてる──ってことは、ふつうの盗賊ってわけじゃないだろう」
リュカが手にする“クロノス・ブレード”は、陽光を微かに反射して蒼い輝きを放っている。傭兵たちがここまで用意周到に攻めてくる理由を考えれば、この剣こそが目当てである可能性は高い。けれど、リュカには自分がなぜ狙われるのかがわからない。
「とにかく、剣を置いて逃げるわけにはいかない。ここで渡したら、彼らがさらに暴れる口実を与えるだけだ」
そう決意を口にしたものの、リュカはまだ戦い方すらわからず心許なかった。しかし不思議と、剣を握る手は震えていない。剣が自分を支えてくれている──そんな感覚が胸に広がっていた。
傭兵のひとりが金属山を登って、高所から狙撃しようとしたのをガルガスが見つけ、一瞬で狙い撃つ。正確すぎる射撃にリュカは目を見張る。
「すごい……」
「坊主、感心してる場合じゃねえぞ。そっちから回り込まれる」
ガルガスの警告通り、左手側のスクラップの陰から二人が迂回して近づいていた。
リュカはとっさに剣を構えて正面から立ちふさがったが、足元の悪い金属屑の山でバランスを崩しそうになる。そこを狙われる前に、なんとか踏みとどまって斬撃を振るう。
「はあっ!」
勢い任せの一撃にもかかわらず、クロノス・ブレードの刃先から一瞬だけ蒼白い光が走り、敵のレーザー銃を叩き落とした。
「……な、なんだ今のは」
驚く傭兵とリュカの視線が交差する。その光の正体はわからないが、確かに剣が“応えて”くれた。その隙を見逃さず、ガルガスがもう一人の傭兵を射撃で牽制。続けざまに反撃を受けた敵は、小声で罵りながら退却していく。
とりあえず一息ついたものの、彼らがこのまま引き下がるはずはない。サルベージヤードの中央あたりから白い煙弾が放たれ、視界が悪くなる。さらに遠くでバラバラとライフルの連射音が響き渡った。
「こりゃ厄介だな……。煙でこっちが目隠しされる分、囲まれたら一貫の終わりだ」
ガルガスが低く唸るように言う。
リュカは背後をちらりと振り返った。この先にオルメアの町がある。町には住民がいて、老人や子どもも多い。もし自分たちがここで足止めを食らっている間に、別の方向から町が襲われたらどうなるだろう。
「ガルガスさん……俺、町の方へ戻ります。もしそっちが危険なら、行ける奴が止めないと」
「バカ言うな。そんな連中がウヨウヨいるのに、坊主ひとりでどうするんだ」
「一人じゃない、剣がある。それに、ここで戦い続けても町を守れなきゃ意味がない!」
その言葉にガルガスは一瞬だけ戸惑ったような顔をしたが、すぐに覚悟を決めたようにうなずいた。
「わかった、けど一人にはしねえよ。俺も行く。こんな状況じゃ手分けできるほど味方もいないしな」
「ありがとうございます!」
二人はスクラップの裏側を通って回り道をしながら、オルメアの中心部へ戻るルートを探し始めた。激しい銃撃が聞こえる場所は避け、視線を裂くために積み上げられた残骸や倉庫の壁をうまく利用する。
道すがら、リュカは胸の奥にある苛立ちや焦燥感を押し殺しながら、剣の感触を確かめていた。自分はずっと退屈な日常を抜け出したいと、ぼんやり考えていた。だが、こんな形で事件に巻き込まれるなど夢にも思わなかった。
「夢で見た少女が、『始まりにすぎない』と言っていた。まるで、もっと大きなものが動き始めてるみたいに……」
無意識のつぶやきにガルガスは微かに耳を傾ける。
「お前、変な夢を見るのか?」
「はい。青白い光の中で、幼い少女が俺に話しかけてくる夢で……剣を探せって」
「剣、ねぇ……。だが、“始まりにすぎない”とは、まあ嫌な予感が当たりそうだな」
ガルガスが苦笑したそのとき、町の中心部に通じる道の先に大きな人影が見えた。金属製の防弾ジャケットとヘルメットを着込んだ兵士風の男だ。表情は見えないが、間違いなく武装した敵の一味。レーザー銃を片手に警戒態勢を取っている。
「見つけたぞ。あの少年が持ってる剣……やはり“クロノス・ブレード”だな。上層部からの指示通り、取り押さえる!」
複数人がリュカたちを囲むように出現する。逃げ道を塞ぐように隊列を組み、無駄のない動きで距離を詰めてきた。
リュカは心臓の鼓動が速まるのを感じながらも、剣を構え直した。ガルガスが背後に回るようにして斜め後方を固める。
「坊主、数は多いが、俺たちもやられっぱなしじゃねえぞ」
「ええ、覚悟はできてます……!」
次の瞬間、敵の一人が煙弾を投げ、視界が白く閉ざされる。立て続けに放たれるレーザー銃の光が煙越しに瞬く。ガルガスは一瞬迷ったが、煙の中に突撃しながらライフルを連射。何発かは確実に敵を捉えたようで、苦痛のうめき声が聞こえる。
リュカも煙の中で敵影を探す。ちらりと見えた人影のレーザー銃が正面を向いた。相手が撃つ一瞬前に、リュカは反射的に剣を横へ薙ぎ払う。金属音と同時に光が弾かれ、右腕をしびれる衝撃が襲った。
「くっ……!」
相手は防弾ジャケットを着ているが、剣の衝撃と一緒に蒼白い稲光のようなものが走り、彼を大きく吹き飛ばした。剣を振るったリュカ自身が一番驚いている。
煙が晴れはじめ、地面には倒れた傭兵たちの姿が散見される。まだ動ける者もいるが、相当のダメージを受けたようだ。ガルガスがそれを確認し、リュカに目配せする。
「やるじゃねえか。だが、まだ終わりじゃない……」
そう言いかけたところで、どこか遠くからエンジン音がけたたましく響いてきた。見ると、空を舞うように高速の輸送艇が近づいてくる。機体には見慣れぬマークが描かれ、下部のハッチがゆっくりと開き始める。
「こいつはまずい。空から来られると町の中心部まで一気に制圧されるぞ」
ガルガスが舌打ちする。オルメアにはまともな防衛組織も兵器もない。となれば、相手が空から攻撃を仕掛ければこの町はひとたまりもない。
リュカが奥歯を噛み締める。いま自分たちにできることは何なのか。すでに傭兵たちをある程度撃退はしたものの、また別の増援が来る。しかも空から。
「俺たち、どうすれば……」
その問いに答えるように、突然どこかで轟音が響いた。町の通りを見渡すと、砂煙の奥に何か巨大な機体の影が揺らめいている。先ほどとは別の輸送艇なのか、それとも――。
やがて砂煙が晴れ、そこに現れたのは古そうな宇宙船だった。船体はところどころ焦げ跡があり、船首には大きく「シルヴェリア号」と書かれている。こんな辺境の町に、しかも陸上を走行するように近づく光景は異様だった。そもそも宇宙船が大気圏内を飛ぶだけでも相当なエネルギーを使うはず。
船の横腹が開いてタラップが降ろされる。その上から、長い髪を風になびかせた少女が姿を見せた。金色の瞳が印象的で、少し凛とした雰囲気を漂わせている。
「リュカ・ヴァンガードさん! 急いでください、ここはもう限界です!」
聞き覚えのない声。だが不思議と、リュカの胸にすとんと落ちる響きがあった。彼女の後ろには船内から複数の人影が見え、どうやら避難を促しているらしい。
「あんた、誰だ!?」
ガルガスが警戒を含んだ声で問いかけると、少女は毅然と答える。
「ソフィア・ユゼフィア。ここには友人を通じて来ました。あなたたちを助けるために」
新たに姿を現した少女の名はソフィア。傭兵たちもこれには驚き、一斉に彼女の宇宙船に向けて銃口を向けようとする。しかし、ソフィアはタラップの上に軽やかに手をかざし、一瞬にして淡い光の幕を広げた。
「結界、なのか……?」
ガルガスが驚きの声を漏らす。ソフィアが放った光の幕は、次々に飛来する弾丸やレーザービームを弾いてみせる。
この状況下で、不可思議な力を扱える彼女はいったい何者なのか? リュカもガルガスも混乱しながらも、今はソフィアの申し出に乗るしかなかった。彼女が船内へ呼び込むように合図し、リュカとガルガスは急ぎ足でタラップを駆け登る。
直後、傭兵の大部隊が舗装されていない地面を蹴り、こちらへ殺到してくる。煙と火の粉が舞い上がり、辺境の町はさらに混沌と化していく。しかしソフィアの結界が持ちこたえているうちに、船内にたどり着いたリュカはひとまず安堵の息をついた。
「ここでしばらくは耐えられそうですが、長くは持たないかもしれません。早く出発しましょう。市街地を脱して安全な場所に移動します」
ソフィアは冷静な口調でそう言うと、操縦席へ向かった。船内には数名のクルーがいて、彼らも緊迫した面持ちで操作パネルを次々に触り始める。
「おいおい、船ごと飛び立つってか? この辺りは大気が不安定だろう。大丈夫なのか?」
ガルガスが懐疑的に尋ねると、ソフィアは一瞬口元を引き結んだ。
「万全ではありませんが、やらなければ町が危ない。幸い、私たちにはそれを補うだけの手段があります。今は信じてほしい」
その横でリュカは、再び震えそうになる手をこらえていた。夢で見た少女とは別人に見えるが、どこか通じる雰囲気がある。あるいは、この出会いも“剣”が導いたものなのだろうか。
「リュカ・ヴァンガードさん。あなたが持っている剣、ほかの人には扱えない特別なものかもしれません。ここを出たら、ゆっくりとお話しさせてください」
ソフィアがリュカの剣をちらりと見やり、意味深な微笑を浮かべた。
その言葉に返事をする前に、船体が低く振動し始める。船のメインエンジンが起動し、大気中に漂う砂や瓦礫が上昇気流で舞い上がった。傭兵たちは結界の外からレーザーを撃ち込むが、ソフィアの光の壁に阻まれ、着弾できずにいる。
「クルー、上昇準備! みんな、シートベルトをしっかり! 一気に上空へ抜けます!」
ソフィアの指示を受け、クルーたちは一斉に操縦パネルのスイッチを押し込み、船がゆっくりと浮かび上がる。
オルメアの町が遠ざかっていく。爆煙が漂い、人々の悲鳴がかすかに届いてくる。このまま逃げ出すことへの後ろめたさがリュカの胸にのしかかった。だが、彼らは命を繋ぎ、この剣の謎を解き明かし、“元凶”を叩かねばならない。今はそれが最善だと自分に言い聞かせるしかなかった。
船体が傾き、スラスターが大きな唸り声を上げる。視界に迫る濃密な雲を突き抜けるように、シルヴェリア号は荒れた大気をかいくぐり、徐々に高度を上げていく。
リュカは操縦席の後方に立ち、ソフィアの必死の操縦を眺めながら、クロノス・ブレードをぎゅっと握りしめた。
(この剣は、いったい何なんだ……俺たちをどこへ導こうとしている?)
ふと、浮かんだ疑問は底知れない不安と興味を伴いながら、彼の意識に根を下ろしていく。
夢に現れる少女、謎だらけの傭兵集団、そして謎の少女ソフィア――まだ見ぬ世界がいくつも広がっているのだろう。この船が向かう先で、リュカはさらなる驚異と向き合うことになる。
空へと駆け上がるシルヴェリア号を後に、地上では傭兵たちが連絡を取り合い、ゆっくりとオルメアの町へ進軍しようとしていた。黒煙と砂埃の中、黒衣の男がどこからともなく現れ、舌打ち混じりにその様子を見つめている。
彼は誰もが見逃しそうな場所に立ち、リュカが空へと旅立つ姿を冷ややかに見送っていた。
「なるほど……。クロノス・ブレードが動き始めたか。あの少年は、覚醒への第一歩を踏み出したというわけだな」
男の声は低く、辺境の熱気に溶けるように消えゆく。その顔はハッキリと見えないが、どこか満足そうな笑みが浮かんでいるようにも見えた。オルメアの町は、嵐の前兆にさらに巻き込まれようとしていたが、ここから先はもう、リュカたちの姿はない。
──剣が導く先にある“多元宇宙”の真実は、まだ序章にすぎないのだから。