宇宙を舞台にしたSF映画は、壮大なスケールで描かれるビジュアルだけでなく、我々に多くの心理的・哲学的な問いを投げかけます。2016年に公開された『パッセンジャー』もその一つです。宇宙船の中で偶然目覚めてしまった一人の男が、絶望的な状況で生き延びるためにどう行動するのか、そしてその決断が持つ倫理的な問題が浮き彫りにされています。本記事では、この映画の中で描かれる「極限の孤独」や「自由意志」、「存在の意味」などのテーマを心理学的・哲学的な視点から深掘りし、現実社会における私たちの生き方にも適用できる教訓を探っていきます。
エピソード1: 宇宙で目覚めた男の心理的葛藤
映画『パッセンジャー』は、120年の宇宙の旅を終えた後、別の惑星で新しい生活を始めるはずだった5000人の乗客を乗せた宇宙船アヴァロンが舞台です。しかし、技術的なトラブルにより、ジム・プレストン（クリス・プラット演じる主人公）は90年早く目覚めてしまいます。この時点で、彼は自分が目的地にたどり着く前に老いて死ぬ運命にあることに気づきます。この絶望的な状況は、まず彼の精神状態に強烈な影響を与えます。
ジムが直面する最初の課題は、「孤独」です。彼は文字通り、広大な宇宙船で唯一の目覚めた存在です。人間は社会的な動物であり、他者とのつながりを必要とします。孤独が人間に与える影響は深刻で、ジムはその中で次第に精神的に追い詰められていきます。彼は最初、さまざまな活動を通じて孤独を紛らわそうとしますが、その努力がすぐに虚しくなる様子が描かれています。長期間の孤独が精神に及ぼす影響は、うつ病や不安障害、さらには自殺念慮など深刻な問題を引き起こすことが知られていますが、ジムの行動はまさにその典型例です。
キーワード: 宇宙船, 孤独, 精神的影響, うつ病, 人間関係
映画の中で、ジムは孤独に耐えきれず、やがて自らの命を絶つことすら考えるに至ります。しかし、その過程で、他者とのつながりを求める彼の欲望が強まり、彼はオーロラ・レーン（ジェニファー・ローレンス演じる乗客）を目覚めさせるという決断をします。この行為は倫理的に大いに問題があり、後に取り上げますが、ここではジムの「孤独」という心理的要因が彼の行動にどのように影響を与えたかに焦点を当てます。心理学の観点から見ても、極限の孤独が人間の判断力を大きく狂わせることが分かります。ジムは、生き延びるためには他者とのつながりが不可欠だと感じ、合理的な判断ができなくなったのです。
エピソード2: 自由意志と倫理的ジレンマ
オーロラを目覚めさせるというジムの行為は、映画の最も重要な転換点です。この決断は、観客に対して強烈な倫理的問いを投げかけます。オーロラの未来を奪うことで、自らの孤独を和らげようとするジムの行為は、倫理的に正当化できるのでしょうか？
哲学の視点から見ると、ジムの行為は「自由意志」と「倫理的責任」の問題に深く関わっています。ジムは完全に孤立した状態で、誰にも相談することなくオーロラを目覚めさせるという選択をしますが、その行為は他者の自由意志を奪うものでした。オーロラには、自らの意思で冬眠状態を維持し、目的地で新たな人生を送る権利があったはずです。しかし、その権利はジムによって一方的に奪われ、彼女もまた宇宙船で一生を過ごすことを余儀なくされます。
キーワード: 自由意志, 倫理, 哲学, 選択, 責任
ここで重要なのは、ジムが自らの「孤独」という心理的苦しみを解消するために、他者の人生を犠牲にするという選択をした点です。この行為は、自己中心的であると同時に、倫理的に大きな問題を提起します。ジムの行動は、他者に対する責任を無視した自己満足的なものであり、観客は彼の行動に対して強い反感を抱くかもしれません。しかし、一方で、極限の状況下での彼の苦悩や孤独を理解することもできます。この複雑なジレンマが、映画全体に深い哲学的な問いを投げかけているのです。
エピソード3: 存在の意味と無目的な人生
映画が描くもう一つの重要なテーマは、「存在の意味」です。ジムもオーロラも、目的地に到達することなく一生を宇宙船の中で過ごすことを強いられます。彼らの人生は本来、地球を離れて新たな惑星で新しい生活を始めることに意味がありましたが、その夢は破れ、宇宙船という閉ざされた空間で何十年も過ごさなければなりません。この状況は、彼らにとって「無意味」な存在を強制するものです。
キーワード: 存在の意味, 哲学, 人生の目的, 無意味, 宇宙
存在主義哲学者ジャン＝ポール・サルトルは、「人間は自らの存在に意味を与える自由を持っている」と述べていますが、ジムとオーロラの状況では、その自由は大きく制限されています。彼らは物理的に閉じ込められ、選択肢がほとんどない中で、自分たちの存在にどのように意味を見出すべきかを模索します。特にジムは、最初は一人で孤独に苦しみ、その後オーロラとの関係を通じて存在の意味を見つけようとしますが、それもまた限界があります。彼らが宇宙船で過ごす時間は、物理的な制約の中でどのように生きるかという問題に直結しています。
このような状況において、私たちが自分の存在の意味を見出すことは非常に困難です。しかし、映画はジムとオーロラがその中でも「生きる意味」を模索し続ける姿を描いています。特に、映画の最後にかけて、彼らが限られた資源の中でどうやって生き延びるか、そしてお互いに支え合う姿が感動的に描かれています。存在の意味を見つけることが難しい時こそ、他者との関係が大きな支えになるというメッセージが伝わってきます。
エピソード4: 不条理な世界への反抗
映画『パッセンジャー』が投げかけるもう一つの哲学的テーマは、「不条理」です。アルベール・カミュの『シーシュポスの神話』では、不条理な運命に立ち向かう人間の姿が描かれていますが、ジムとオーロラの状況もそれに近いものがあります。彼らは120年かけて新たな惑星にたどり着くはずだったのに、事故によってその夢が打ち砕かれ、不条理な運命に閉じ込められてしまいます。
キーワード: 不条理, カミュ, 反抗, シーシュポス, 運命
カミュは不条理な状況に対して「反抗」することが重要だと述べています。ジムが最初に行った反抗は、孤独から逃れるためにオーロラを目覚めさせるという行為でした。これは倫理的に問題があるものの、彼にとっては不条理な運命に対する一つの反抗であったと考えることができます。また、オーロラもその後、ジムとともに新しい生活を築こうとします。彼らが宇宙船内で育む関係や生活は、ある意味で「生き延びるための反抗」とも言えます。
結論: 映画『パッセンジャー』が示す教訓
映画『パッセンジャー』は、壮大な宇宙を舞台にしながらも、非常に人間的なテーマを探求しています。孤独、自由意志、倫理的ジレンマ、不条理な運命に対する反抗など、現代社会にも通じる重要な問題を浮き彫りにしています。特に、極限の孤独や無目的な人生に直面した時、私たちがどのように行動し、他者との関係を通じて自らの存在に意味を見出すかという点は、深い示唆を与えてくれます。
