エピローグ:「光の先に広がる世界」
かつて“クロノス・ブレード”の光によって交わった無数の世界は、激闘と犠牲を経て新たな未来への道を見出した。だが、リュカと仲間たちが最後に辿り着いた“アカシックの扉”は、まだすべての謎を解き明かしたわけではない。イリスの微笑の奥に潜む真意、ラザエルが示唆した世界再構築の可能性——旅の果てに、彼らはどんな選択をするのか。
すべてが結実し、新たなる希望と試練が同時に姿を現す瞬間、その行方を描くのがエピローグだ。激動の戦いを越え、多元宇宙を揺るがす運命の行き先を知りたい方は、ぜひ最後まで見届けてほしい。果たして、光の向こうに広がる世界とは——あなた自身の目で確かめてほしい。
第一巻 第一章:目覚めの夢と辺境の町
薄明の空が広がる中、今日もオルメアの町外れにあるサルベージヤードには、廃棄された宇宙船の残骸が積み重なっている。ここは辺境コロニーの片隅、かつては地球圏と貿易をおこなっていた小さな集落だが、いまや資源も乏しく、観光客もほとんどいない場所だ。町の人々は、エネルギーセルを取り外した宇宙船の金属部品を回収して糊口をしのいでいる。
リュカ・ヴァンガードは、まだ薄い朝靄の残るサルベージヤードを歩いていた。17歳の少年――青みがかった銀髪に、どこか夢見がちな表情を浮かべている。最近、とある奇妙な夢に悩まされていた。
「──光の柱と、誰かの声。暗闇の中で私を呼んでいるような気がするんだ。まるで“剣”を探せって……」
そうつぶやく声は、まだ寝起きの混濁感を帯びていた。数時間前まで見ていた夢の断片が頭にへばりついて離れない。いつも同じ夢。濃紺の闇に射し込む青白い光。その奥に立つあどけない少女の影。彼女はリュカに向かって何かを警告し、やがて、消えてしまう。
リュカは薄汚れたジャケットの袖で額の汗を拭うと、廃棄された金属資材の山をひょいと乗り越えた。寝不足のせいか体が少し重い。だが、なぜか今日に限って胸騒ぎがする。いつもと同じ風景のはずなのに、あたかも見知らぬ場所に迷い込んだかのような感覚を覚えた。
「リュカ、また早朝から探し物かい?」
不意に背後から声をかけてきたのは、工廠の管理人をしている中年男だった。艶のない灰色の髪とくたびれた作業服。その表情には悟り切ったような静けさがある。
「ええ、ちょっと。最近同じ夢を見ているんです……ここに何か、忘れ物があるような気がして」
半ば口実のように言うリュカに、管理人は小さく肩をすくめると、使い古したレンチを手に再び廃材の山へ戻っていった。年上の彼ですら「またか」という顔だった。リュカ自身も理由をうまく説明できない。ただ、胸に込み上げるような“呼び声”を無視できなかった。
日はようやく高く昇り、町を照らし始めた。スクラップの隙間に埋もれるようにして、小さな物置小屋が建っている。ここはかつて宇宙船の予備パーツを保管していたところだが、今は誰も使っていないらしい。リュカは妙に気になって、扉を押し開けてみる。
埃まみれの空間に、薄暗い光が差し込む。古い木製の棚には、錆びた部品や謎の計器が乱雑に並べられていた。その奥、壁に立てかけるようにして何かが白布に包まれている。長さは人の腕ほど。まるで武器のような形状だ。
──剣?
リュカは思わず息をのんだ。夢の中で見た光景が、脳裏をよぎる。両手が勝手に白布へ伸び、引き剝がした。すると、美しい銀色の刀身を持つ剣が現れ、刃先からわずかに蒼い光がゆらめいた。
「これが……俺を呼んでいたのか?」
まるで自分に呼応するかのように、剣はかすかに輝きを増す。持ち手には古い文字が刻まれているが、見たことのない言語だった。人類の旧時代のものでも、他の惑星由来のものでもなさそうだ。
その瞬間、頭の奥で少女の声が聞こえた気がした。
──リュカ、見つけてくれてありがとう。けれど、まだ始まりにすぎないよ。
声は風に溶け、リュカの耳から遠ざかっていく。心臓が高鳴る。触れた剣からは不思議な熱が伝わってきた。だが、どう扱えばいいのか見当もつかない。茫然としていると、外から轟音が響き、辺りが揺れた。
「うわっ……な、なんだ!? 爆発音……?」
リュカは驚きながら物置小屋を飛び出した。見ると、サルベージヤードの入口付近から黒煙が上がっている。誰かが爆発物を使ったかのような衝撃だ。そこには武装した男たちが何人も立ち込める砂煙の中に見える。
「辺境の町に、こんな精鋭っぽい連中が来るなんて……」
黒い戦闘服を着た傭兵らしき者たちが、最新式の小型レーザー銃を携え、スクラップを盾に動いている。どうやら物置小屋まで捜索しているらしい。リュカの背に冷たい汗が流れた。“剣”を手に入れたのと同じタイミングで、まさかの襲撃とは──。
「そいつを見つけろ、情報によればこの辺りにあるはずだ!」
「メタスキャンに反応がある。あの小屋かもしれんぞ!」
傭兵たちの会話がかすかに聞こえる。まさか彼らもこの剣を狙っているのだろうか。理解が追いつかないまま、リュカは走るしかなかった。けれど、その足を止めるように、傭兵の一人がレーザー銃を向け、指をかける。
バチッと紫電が走り、レンズのような照準がリュカを捉えた。咄嗟に剣を構えても、ここは丸腰同然。生まれてこのかた本物の戦闘など経験したことがない少年に、太刀打ちできる相手ではない。
「くっ……」
覚悟を決めようと目を瞑ったそのとき、けたたましい銃声が響いた。傭兵の腕がはじかれ、レーザー銃が地面に落ちる。どこからか一発の正確な射撃が放たれたのだ。
「下がってろ、坊主。相手は傭兵だ、甘く見るなよ」
低く響く声とともに、リュカの横を大柄な男が通り抜けた。右腕が大きく機械化されており、左目にはスコープのような義眼が輝いている。腕に構えた大口径レーザーライフルは、陽光を受けて鈍く光った。
「ガルガス……さん?」
リュカが一度だけ顔を見たことのある、風来坊のような傭兵。数ヶ月前にオルメアに立ち寄り、どうやらこの町にしばらく滞在しているらしいという噂を聞いたことがある。
ガルガスは涼しい顔のまま、二発、三発と正確な射撃を繰り出して傭兵たちを牽制する。その威力と手際に驚いた傭兵たちは、一旦引いて体勢を整えるようだ。爆音と硝煙が舞う中、ガルガスは振り向き、リュカと目を合わせた。
「その剣を持ち出してきたのか? どうやらガセネタじゃなかったみたいだな」
彼が何を知っているのかはわからない。ただ、今この場で頼れる存在はガルガスしかいない。リュカはしっかりと剣を握りしめ、浅くうなずく。
「すみません……急にこんなことになって。俺、この剣を見つけた途端に奴らが……」
「詳しい話は後だ。ここを早く抜け出さねえと、囲まれるぞ」
剣を抱えたリュカと、レーザーライフルを構えるガルガス。二人は視線を交わし、タイミングを図る。一方、傭兵たちも増援が入ったのか、じわじわと包囲を狭めている気配があった。
突如、空中に粉塵を巻き上げるような衝撃波が走る。さらに遠くからは甲高いエンジン音──どうやら、ホバーバイクや輸送艇が向かってくるらしい。このままではオルメアが危ない。それを感じ取ったリュカの胸は苦しくなる。
リュカはふと、自分の手の中にある剣を見下ろした。まるで胸の奥が熱くなるように、剣からかすかな力が流れ込んでくる感覚がある。先ほどまで触るだけで精一杯だったのに、今なら何かできる──そんな気がしてならなかった。
(逃げるだけで終わらせるわけにはいかない。俺は……この町を守りたい)
何もかもが初めてづくし。けれど、胸に浮かぶのは決意だけ。リュカはガルガスの背中を見つめた。あの男はきっと、圧倒的な戦闘経験を持つのだろう。仲間と言えるかはまだわからないが、少なくとも彼は今、傭兵たちと戦おうとしている。
「助けてくれて、ありがとう。俺も戦うよ」
思いがけない言葉に、ガルガスは僅かに目を丸くする。しかしすぐに小さく笑みを作り、うなずいた。
「度胸だけはあるようだな。くれぐれも無茶はするなよ、坊主」
剣を握るリュカに、新たな感覚が走る。遠くには爆風と怒号が渦巻き、町のどこかで人々の悲鳴が聞こえる。だが、それでもリュカは引き返さない。
そのとき、脳裏に再びあの少女の声が響いたように思えた。
──この剣は、未来を変える力。けれど、それを使うのはあなた自身。
始まったばかりの運命の歯車が、カチリと音を立てる。剣を携えた少年と謎多き傭兵の出会いが、オルメアの町、そして多元宇宙の歴史を大きく変えることになる――そのことを、まだ彼らは知る由もなかった。